February 17, 2008

Feebeeが参加するイベントPOP BOXが渋谷ロフトで開催中!


Feebeeが参加するイベントPOP BOXが渋谷ロフトで開催中!
http://www.zipless.net/feebee/2008/02/loft.html

〒150-0042
東京都渋谷区宇田川町21-1 渋谷ロフト
電話:03(3462)3807 (代表)
営業時間:午前10時〜午後9時(日・祝祭日も午後9時まで営業)


pop box
2月15日(金)〜3月3日(月)
1階 ロフトマーケット
今、最も気になるポップカルチャー作家22名の作品を1階ロフトマーケットで一挙公開!!アーティスト達による一点モノや原画作品の展示・販売など各作家の世界感を生かしたブースを存分にお楽しみください!!
※土日はライブペインティングやサイン会も実施します。
●参加アーティスト
朝隈俊男、KAIJIN、上条衿、小石川ユキ、こなつ、ザリガニワークス、末吉陽子、タケヤマ・ノリヤ、T9G、デハラユキノリ、DEVILROBOTS、TOUMA、nakki、NEKONOKO、feebee、マッシュルームカフェ、MAD BARBARIANS、ミキワカコ、mizuka、ムラバヤシケンジ、ryuku、ワカマツカオリ (順不同)

é.t. : 09:11 PM

December 04, 2007

『ピエール・モリニエ画集』

澁澤龍彦が、かつて傍系シュルレアリストとして位置づけたフランスの画家、写真家ピエール・モリニエは、アンドレ・ブルトンによって光をあてられた1950年代後半から拳銃自殺を遂げる1976年まで、世界的にもごく一部の好事家たちの関心しかひきませんでした。ボルドーの小さなアトリエに引きこもり、エロティシズムとナルシシズムを剥き出しにしたそのあまりに破天荒で非常識な個性と作品ゆえ、一度たりとも大衆的な認知と人気を手にしたことのないアーティストでした。それにもかかわらず、モリニエに関する研究や著作、カタログ等が各国から今日にいたるまで頻繁に発表され続けているという事実は、芸術活動の根源的な衝動に真に向かいあい、性の多形倒錯的なパフォーマンスの先駆的実践者としてのモリニエ評価がようやく定着してきたからに他なりません(近年フェミニズム研究のアプローチもあるようです)。モリニエは絵画制作の体力が衰えた晩年の十数年を写真家として活動。この時精力的に産み出したフォトモンタージュ作品が没後『シャーマンとその創造物たち』(1995)として刊行され、世界中でピエール・モリニエという特異なアーティストの存在が知られるようになりました。日本では、澁澤責任編集による「血と薔薇 第3号」(1969)での特集や生田耕作によるアンソロジー冊子による紹介とあいまって早い時期からモリニエに対する関心が高まり、作品コレクターもあらわれ、小展覧会がたびたび開催され、またその芸術的影響を受け止めた国内作家たち—四谷シモン、金子國義、森村泰昌らを挙げることができるのではないでしょうか—も多数存在しています。

流通した作品が多く比較的制作しやすいフォトモンタージュにくらべ、モリニエの人生の大半を費やした画業は、ブルトンの序文を冠したフランスのジャン-ジャック・ポウ゛ェール版(絶版)を除くと、本書の底本となっているスイスのベルナール・レチュ版(絶版)くらいしか見当らず、その意味でも本書は世界でも大変貴重な作品集となっています。今回、日本語版復刻にあたり、装丁を一新、ページ数も増やしました。巌谷國士氏の解説とともにあらたに関連人物紹介やフォトモンタージュ作品を参考資料として付すことによって、ピエール・モリニエの入門書としても役立つよう改訂しています。

↓ご購入は、こちら から。
http://www.editions-treville.net/?pid=5441602

é.t. : 08:15 AM

November 17, 2007

佳嶋氏デザインがフェスタに参加

佳嶋氏デザインがフェスタに参加します。

11月17-18日 【Design Festa】/東京
「ECHO+紫紺」西ホール B-102

é.t. : 12:00 AM

November 08, 2007

天野可淡はどこへ向かっていたのか?

 可淡人形を観た人の感想は大きく二つに別れる。不気味と感じて敬遠するか、その妖しい魅力の虜になるか。『KATAN DOLL RETROSPECTIVE』は過去2作以上に、天野可淡の創作の振幅を大きく反映した作品集成である。確かに可淡の人形には、愛玩する為だけのかわいらしい抱き人形の枠には収まらない、影の世界が色濃く横たわっている。彼女は童話に強い親和性をもって接していたが、それは原初の「グリム童話」のような無垢であると同時にグロテスクな想像力を去勢されていない世界としてであった。彼女にとってファンタジーはただ愛らしい夢の世界だけで構成されているものではない。それはもっと残酷で理性によって制御されない人間の欲望が渦巻く不条理な世界でもある。仮に「お人形」という言葉の響きに惑わされて可淡の人形に接すると、その異様な存在感、人形が放つ強い光ゆえに落ちる影の濃さに戸惑い圧倒されてしまうだろう。彼女の人形作品を観て気味が悪いと感じる人が多く存在するのは事実であろう。まさにその美醜の、合理と不合理の、あるいは人間と人形の境界を見据えて創作活動を続けていたのが可淡であるからだ。

 バリエーションとして、近親者の証言から、生前彼女が愛した音楽として、例えばヴァージニア・アストレイがあげられている。それはパストラルで安らぎと「生」の喜びにみち樹々を縫って陽光が振り注いでくるような静謐な森の音楽といえるのだが、他方ベーレン・ゲスリンの『悪魔狂死曲』のように、闇がどこまでも支配し光すらささないような「死」に統べられた暗黒の中世音楽をも彼女は愛していた。ここでは妖精のみならず悪魔と怪物たちが死の影を振りまきながら鬱蒼とした漆黒の森を厳かに行進するのである。

 ところで、天野可淡は果たして人形作家なのか、という問いをこの作品集は問いかけてくる。彼女が人形制作と並行して描き続けた童画、彼女がいくつも作り出した大きなオブジェ作品を目の当たりにする事で押井守氏は、彼女の創作領域の発展性を示唆している。それは晩年の可淡自身の発言のなかにも登場する。「今までの作品をより高い次元で包括出来るような仕事をしていきたい」と。

 『KATAN DOLL RETROSPECTIVE』によって読者は、『KATAN DOLL』『KATAN DOLL fantasm』に代表される人形世界のさらにその先に歩みだそうとしていた天野可淡を知るはずである。彼女が光と闇の両方の世界を行き来しながら人形を超越したさらに大きなファンタジーを羽ばたかせていたことを。

é.t. : 03:33 AM

November 01, 2007

11月1日、天野可淡の命日に寄せて。

 今から17年前の1990年の11月1日午前11時10分。不世出のドールアーティスト天野可淡がバイク事故によってこの世を去りました。享年37歳。
 彼女が遺した人形たちは写真集としてその後も永きに渡り人々を魅了し続けています。さらにこう表現することが許されるなら、彼女の人形は人々の心を癒し、人生に傷つき苦しみを感じていた人々にもその不思議な魅力をたたえる人形の力によって「生」への感謝と勇気を与え続けていると。
 編集部は今『KATAN DOLL RETROSPECTIVE』の復刻版制作の真っ最中です。旧版は、没後2年を経過した1992年、『KATAN DOLL』および『KATAN DOLL fantasm』に収録された一部の代表作、未掲載の人形作品と人形以外の作品(オブジェ、絵画)を加え、さらに天野可淡が書き残した童話(次に構想していた写真絵本のための文章でした)や彼女を愛する作家たちのエッセイを収録し、最期の作品集として世に送り出されました。この本も前2册の作品集同様大変評判になりました。
 しかしあたらしい『KATAN DOLL RETROSPECTIVE』には旧版では実現できなかった内容が盛り込まれています。それは「天野可淡」という人物そのものです。
 編集部は、人形のみならずオブジェや絵画など、天野可淡の10数年に渡る精力的な創作活動の全体像を紹介するだけでなく、天野可淡というひとりの娘であり、母であり、女であり、アーティストであった人間そのものに光を当てることに傾注しました。それには資料面などご家族・近親者の方々の全面協力が不可欠でした。
 この本では、カタン人形の魅力を隅々まで読者に知っていただくだけではなく、愛機のオートバイとともに疾走したアーティストの激しい生きざまをもより深く感じ取っていただきたいと考えています。
 「KATAN PHOTO ALBUMの章」は、彼女の幼き日々、映画の子役またバレエによって表現者としての自己に目覚めていく少女期、「青春の苦しさ」に作家として生きる決意を持って対峙した思春期、同志吉田良氏と出会い人形作家・画家・造形作家そして母として生き、伝説となる「カタンドール」を生み出した80年代後半の豊穣な時代等を、豊富な写真と近親者の文章で紹介していきます。
 そして運命の11月1日の朝がやってくるのです。この日前後の可淡氏のことが、娘さんたちや当日打ち合わせを予定していた担当編集者たちの言葉を通じてヴィヴィッドに語られています。

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é.t. : 09:38 AM

 
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